東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)200号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由について)
二 本件審決は、次に説示するとおり、本願発明と第一引用例及び第二引用例記載の発明との対比において両者の技術的思想及び構成上の差異についての判断を違脱した結果、本願発明をもつて右の各引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとの誤つた結論を導いたものであり、この点において違法として取り消されるべきである。
前記本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一ないし三(昭和四五年六月一七日付、昭和四七年五月二二日付及び昭和五二年一〇月一四日付の手続補正書)を総合すると、(1)本願発明は、粉末冶金術に関し、詳細には、粉末冶金の実施で細かに分けられた金属粉末を緻密な物品に圧粉することが、液圧容器、すなわち、通常「オートクレープ」と称されている容器を用いることにより成し遂げられることに関するものであつて、特に、炭化物が均一に分散した鋼粒子から硬化可能な鋼製物品を製造する方法に係るものであること、(2)従来、高合金工具鋳鋼は、凝固中に共晶型炭化物偏析を非常に生じやすく、この共晶型炭化物偏析を特徴とする鋳造インゴツトが圧延される場合、その偏析物は、均一に分散されるより、むしろ細長く延ばされるので、このような材料は、圧延前にそこに存する偏析を壊し分散するために通常、金属を鍜造する方法がとられるが、この技術によつても炭化物の完全なランダムな分散を成し遂げることはできないという欠点があつたこと、(3)本願発明の発明者は、所望のランダムに分散した炭化物を有するアトマイズ(噴霧法)した粒子を、実質的な炭化物の凝集なしに結合と実質的に完全な緻密化とを生ずるに十分な温度と圧で均一な加圧を行うことによつて圧粉することにより、高合金工具鋼物品での炭化物の所望のランダムな完全な分散が生成されることを見いだしたこと、(4)本願発明は、右知見に基づき、前記従来技術の欠点の解消を目的ないし課題として、本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載に同じ。)のとおりの構成を採用し、これにより、所期の目的を達成するとともに、加熱加圧時間を短縮して本願発明の鋼製物品を迅速に製造することができるという顕著な作用効果を奏するものであること、(5)本願発明は、右要旨によると、粉末金属装入物の加熱を圧粉化温度以上溶融温度以下の温度範囲で実施することを構成要素とするものであるところ、右の構成要素について説明すると、本願発明においては、粉末を詰めた容器を炭化物の凝集を生ずる以下の温度で、しかも、金属粉末の温度が適当な結合と圧粉に対して必要な温度以下に低下する前に、オートクレープへの移動、オートクレープでの加圧、実質的に最終密度への圧粉が達成されるに十分な高い温度に加熱することが必要であり、この場合に、温度が余り高いと、炭化物は焼結により凝集する傾向があり、その結果、オートクレープ内で均一な圧適用の条件下でも、所望のランダムな炭化物の分散は達成されず、一方、温度が余り低いと、十分な結合及び一〇〇%近い密度への圧粉が達成されないところから、炭化物が焼結により凝集する傾向が特定の金属に起きる温度を溶融温度と称し、粉末金属装入物の加熱を右のとおり圧粉化温度以上溶融温度以下の温度範囲で実施することとしたものであることが認められる。他方、第一引用例が本願発明の優先日前に頒布された刊行物であつて(この点は、原告の明らかに争わないところである。)、これに、本件審決の認定のとおり、高速度鋼をアトマイズ法により微粉化して、該粉末中に炭化物が微細に析出したものを作り、これを容器内に充填し、堅い工具材料に圧密化するため熱間鍛造又は圧延を行う旨記載されていることは、原告の認めるところである。
そこで、以上認定の事実に基づき、本願発明と第一引用例記載の技術とを対比考察するに、両者は、原料として炭化物が均一に分散した鋼粒子を用い、これを容器に充填し、圧粉化する点において同一であるが、本願発明では、炭化物が均一に分散した鋼粒子を溶融温度以下の圧粉化温度以上の温度に加熱し、次いで、流体圧を加えて圧粉化するという手段を採用するものであるのに対し、第一引用例記載の技術では、本願発明のような特定の温度に加熱するものではない点及び熱間鍛造又は圧延によつて圧粉化するという手段を採用するものである点において相違するものと認められる(以上の両者の一致点及び相違点のうち、本件審決が両者の一致点及び相違点とした事項は、原告の認めるところである。)ので、右相違点について検討すると、本願発明に関する前認定の事実によれば、本願発明は、圧粉化に際し、原料である鋼粒子中に均一に分散している炭化物が加熱により凝集するのを防止するとともに、一〇〇%近い密度を達成するため、鋼粒子を前認定のような意味を有する溶融温度以下の圧粉化温度以上の温度に加熱することをその課題解決の基本をなす技術的思想とするものであるところ、前示第一引用例記載の事実に成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)を総合するも、第一引用例に、本願発明の右の技術的思想を示唆するような技術事項が開示されているものとは認めることができない。のみならず、本件審決が本願発明と第一引用例記載の技術とを対比するに当たり、右技術的思想の有する意義についての認識を欠き、この点に関し判断を示さなかつたことは、前示本件審決理由の要点に照らし、明らかというべきである。なお、本件審決の理由中には、「本願発明では、流体圧を作用させる前に所定温度に原料粉末を加熱するものであるが、加圧中に加熱が行われなければ温度が降下することは自明の事項であり、……説明されている」との判断部分があるが、右判断もその文意に照らすと、本願発明の前示の温度限定の有する意義についての認識を全く欠除したものであつて、これをどのように善解してみても、この点についての判断を示したものとは到底解することができない。また、第二引用例が本願発明の優先日前に頒布された刊行物であつて(この点は、原告の明らかに争わないところである。)、これに、本件審決の認定のとおり、ハイドロスタチツクプレス及びアイソスタチツクプレスについて記載されており、高温下で粉末を流体圧を加えて成形する技術が説明されていることは、原告の認めるところ、右事実に成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)を総合すると、第二引用例にも、本願発明の前示特定の温度に加熱する技術的思想を示唆するに足りる技術事項が開示されているものとは認め難い。なお、被告は、第二引用例には、アイソスタチツクプレス法において、ベリリウムを成形するに際し、缶詰にされたベリリウム粉末を溶融温度の約一二八〇度Cよりかなり低い九〇〇度Cないし一〇五〇度Cで加熱することが記載されており、右技術事項は本願発明の加熱温度に関する構成と同じである旨主張するが、本願発明は、前示のとおり、圧粉化に際し、原料である鋼粒子中に均一に分散している炭化物が加熱により凝集するのを防止するとともに、一〇〇%近い密度を達成するため、鋼粒子を前認定のような意味を有する溶融温度以下の圧粉化温度以上の温度に加熱するという構成を採用するものであるから、たとい、第二引用例に右のような技術事項の記載があるとしても、単なるベリリウム単体に関するその記載をもつて本願発明の右技術的思想を示唆するに足りる開示があるものということはできず、したがつて、被告の右主張は、採用の限りでない。また、被告は、本願発明の加熱を圧粉化温度以上溶融温度以下の温度範囲で実施する構成は、粉末冶金において普通に行われていることであつて、具体的には、シエークスピア及びオリバーの論文(甲第六号証)記載の粉末の高温成形法の一種である高温押出し法において、缶詰にされた高速度鋼粉末を成形前に溶融温度の約一三三〇度Cで加熱しているところ、この方法は、アイソスタチツクプレス法ではないが、両方法の加熱温度は通常同じである旨主張するが、本件審決が、本願発明の叙上構成に関する技術的思想についてその判断を示さなかつたことは、前認定のとおりであり、もとより右論文は本件審決の引用しなかつたところであり、したがつて、被告の右主張は、本訴において、新たな拒絶理由を示すに等しく、到底許容されるべきものではなく、採用することができない。また、コムストツクの英国特許明細書(甲第五号証)並びにイ・エス・ホツジの論文(甲第七号証)について被告の主張するところも、右資料はいずれも特定の温度に加熱するという本願発明の叙上の技術的思想を証する資料として本件審決において引用しなかつた資料であるから、この点の資料としては前同様の理由により本訴において採用することができず、結局、被告の右主張も失当というほかない。
以上によれば、本件審決は、本願発明と第一引用例及び第二引用例記載の発明との対比に当たり、右各引用例記載の技術が本願発明の有する前示の技術的思想及び構成を欠くものであるにかかわらず、この点についての判断を遺脱した結果、本願発明をもつて第一引用例及び第二引用例記載の技術に基づき当業者が容易に発明をすることができたものとの誤つた結論を導いたものというべきであつて、本件審決は、その余の点について判断を加えるまでもなく、取消しを免れない。
(結語)
三 よつて、本件審決を違法としてその取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
炭化物が均一に分散した鋼粒子から成る圧粉化すべき装入物を容器に充填し、該容器内の粉末金属装入物をその溶融温度以下の、選ばれた圧粉化温度以上の高温に加熱し、該容器及び粉末金属装入物を流体圧容器内に置き、該粉末金属装入物をその金属の理論密度の少なくとも九五%の密度に圧粉するに充分な水準に該容器内の流体圧を高め、この密度への圧粉化は該粉末金属装入物が前記の選ばれた圧粉化温度以下の温度に冷却する前に完了させることを特徴とする粉末金属からの硬化可能な鋼製物品の製造方法。